Requiescat in pace

10数年前、まだ黎明期だったTwitterを使い始めた。

当時のTwitterは今みたいなレスバ合戦が繰り広げられる場所でも、フォロワー集めてLINEにおびき寄せ、それを丸ごと売り飛ばしてお金にするような謎アカウントが情弱をかたっぱしから釣り上げる場所でも、銭金稼ぎました自慢にタワマン共用部の写真使ってるのがバレたりするような場所でも、コメント欄に国籍不明の人がコピペで綴る同じコメントが並ぶ場所でもなく、単純に「いまなにしてる?」を「つぶやく」場所だった。
面白い人、面白いツイートは自分で探しにいかなければならなかったし、知らない人の日常を覗き見して、あちこちで内輪でのどうでもいい馴れ合いをしていて、それを世界発信しているようなのどかな場所だった。
更に面白いことに、当時のTwitterはネットの中とリアルが今よりずっと近かった。Web上で構築された社会的っぽいネットワークはすぐ現実世界の飲み屋へと発展していった。不思議な世界だった。

そんなTwitterで知り合った人達の一人が彼だ。
他の知り合いのことは友達と呼んだら怒られそうだけど、彼は大丈夫。友達。

彼と友達になったきっかけは何だったか、どこの飲み会で初めてあったかを、私にしては相当必死に考えたけどどうしても思い出せない。ネットでの交流が現実世界ののものとなってすぐ、誕生日にケーキ買ってうちに遊びに来てくれたし、鵠沼の埜庵に電車に乗ってかき氷食べに行った。
ものすごく社交的に見えてものすごく閉鎖的な心の持ち主の私にとってどう考えても異例の出来事だった。

全てに対して興味が薄く何も学習しようとしない私に対して、全てにおいて造詣が深く博識な彼は何でも教えてくれた。

新宿のコンラン・ショップに連れて行ってくれたのも彼、マリアージュフレールの紅茶を教えてくれたのも彼、甘いものが苦手でチョコレート知識皆無の私に、旦那との初めてのバレンタインのチョコレート何を買うべきか指南してくれたのも彼。言われるまま伊勢丹まで買いに行った。
退屈して連絡するすぐ渋谷まで来てくれてビールを飲みに行った。
旦那の誕生日にサプライズ仕掛けたことあったっけな。それも彼の知り合いの神泉のレストランだった。ダムジャンヌ。
Twitterのリプライと酔っ払ったときは若干うざ絡みで若干ビッグマウス気味だった。

これが私の知ってる彼。

一昨日の夜、遅いお夕飯を食べようとしていたら共通の友人が連絡をくれた。

献立は3cm近い厚切り肉を使った四日市トンテキ。残さず食べたはずだけど食べた記憶が全く無い。
寝ようとしても寝れない。3時すぎまで共通の友達とずっとチャットしてた。
朝もいつもより早く起きて、粛々とメッセージに対応し、お花を出して。
Twitter見てたらどういうアルゴリズムだか知らないけれど悲しみに暮れているツイートがどんどんおすすめに流れてきた。無駄に有能。しかも、まるで著名人が亡くなったレベルにあちこちでツイートが流れているからか、

>今朝から追悼ツイートでタイムラインが埋まっているんだけど、どなたかの訃報なのかがわからない事態が発生している。故人の人柄を偲ぶツイートが多くて、Twitter上でも善い方であったのが窺えるのだが…。

と仰ってる人がいた。その通り。Twitter上でも善い方であった

だから「お会いしたことはないんだけど」ではじまるポストも散見された。
思い出は人それぞれで、その人が知る彼をみんな語っていた。

私はおそらく中間地点にいるんだと思う。彼のこと知らなくはないけど、全てを知っているわけでもない。
学生時代の友達や仕事で知り合った人たちとは全く違う。ご実家はどこで何をしていてとか、出身大学はどこで、会社はどこで部署は何でとかそういうのは私には必要のない情報で、本名だって今でもパッと思い出せない。
これを世間では「ゆるくつながってる」というかもしれない。でも決してそんなことはないと思う。
その人に実際あったことがあろうがなかろうが、直近十数年の人生に毎日欠かさず活字として登場する人、言語化出来ない何かを日々共有してきた人、それって普通に大事な人じゃん。

誰にとっても大事な人を、わたしたちは失いました。

どうしても活字にして残したかった。
今までありがとう。さよなら、じゃなくて ありがとう。