ロビン・スローン/島村浩子訳「ロイスと歌うパン種」

季節外れの大雨で寒い週末、退屈してTwitterを眺めていたら面白そうな本を発見。
すぐ買ってすぐ読みました。

東京創元社さんには大変申し訳無いのですがこの本を読んでもパンは全く食べたくなりません…と思っていたら私のツイートを訳者の島村浩子さんがRTしてくださったことに気づき、島村さんのツイートを拝見したらこちらのほうが(当然ながら)ぴったり。

この本は”小説”ですからもちろんフィクションです。しかし物語は何から何までなんとなくどこかで聞いたことがあるようなものばかり登場。
わたしはご存知の通りこの物語の舞台となっているサンフランシスコに住んでいるためその風景が容易に脳内で再生、文章を読んでいるはずなのにまるでマンガを読んでいるような感覚になりゲラゲラ笑いながら読み進めるという前代未聞の事態が発生しました。

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ベイエリアの日本語Twitter民に Naoto Sato さんというかたがおられます。
我々夫婦は彼をサンノゼの神と読んでいるのですが、サンノゼの神ご夫妻のご趣味は
サワードウを使ったパンを焼くことです。

*その他記事
Trader Joe’sのサワードウ、実はLa Boulangerie製。/ Sourdough Hands

私のブログがきっかけでこの「ロイスと歌うパン種」を読む人にはまず上記のブログ記事を読むことを強く推します。面白さが増すことを保証します。
わたしは渡米が決まってからずっとこのブログを拝読しているため歌うパン種と聞いて即サワードウを想像しました。

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以下ちょこっとだけネタバレあり。

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物語は中西部の田舎からLinkedInで転職を決め引っ越してきたものの、デスマに陥り疲れ果てた女性プログラマーが出前を取るところからはじまります。超生々しい。意識高い系ついったらーが「アメリカでは9-5時勤務残業しない」などと夢物語を語っていますがそんなおとぎ話どこにもないのです。たとえ物語の中にですら。

ほぼ全員が若い男性で 、やせこけ 、冷たい目をして 、日本のデニムと限定品のスニ ーカーをはいた亡霊に見えた 。午前中遅くから仕事を開始し 、真夜中過ぎまで働く 。寝るのは職場でだ。

会社は球場の近く。お家はインナーリッチモンド。muniでエンバカデロまで行き5番のバスに乗って帰ります。何もかも生々しい。
出前を取る前の主食は「それを飲むだけで食事の代わりになる液体食料」

液体代替食品を薦めてくれたのはピーターだった 。彼をはじめ 、プログラマの多くが利用しているとのことで 、容赦なく苛烈な環境ではこのほうが消化が簡単そうだった 。

生々しい。だってホントにあるんだもん。https://wired.jp/special/2016/soylent/

あるきっかけから女性は仕事を続けつつパンを焼きはじめ、ファーマーズマーケットに出店すべくオーディションを受けます。
その後フェリービルディングではない場所でパンを販売することになるのですが、軒を連ねるのはすべて意識高い系食べ物。世界中から訪れる「意識の高い食に精通した人たち」のために彼女もパンをただ焼いて販売するだけではなく意識の高さを求められるのです。

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冒頭に書きましたが、この物語は何から何までなんとなくどこかで聞いたことがあるようなものばかり登場します。

パン、が物語の中心ですから当然小麦粉が登場します。実在するメーカーです。https://www.kingarthurflour.com/
主人公がパンを市販しようと、最初に登場するファーマーズマーケットはわたしが毎週土曜日に行っているフェリービルディングのあのファーマーズマーケット。
加工された食品はオーディション(ブラインドテスト)が本当にあります。https://cuesa.org/markets/prospective-sellers
本の表表紙に書かれている「店頭で働くロボットアーム」、パン屋さんではないですがこちらもすでに実在します。https://cafexapp.com/

また、作品中にはレストランが登場します。

ある種の理想を体現している

予約困難店。オーナーの女性は過去にベストセラーとなった料理本を執筆。場所はバークレー。完全にどこかで聞いたことある感じです。本の冒頭に地図が貼られているのですが場所も完全に同じです。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%91%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%82%BA

これだけではなく食べ物のくだりは何回読んでもこれは実話なのではないか、わたしが知らないだけではないか、と錯覚して何度もググってしまったほどです。
実際サンフランシスコの食は物語と現実が区別のつかないところにすでに来ていて、上に張った液体食料だけではなく作品中で軒を連ねる食べ物で本当に実在する食品がもうひとつあるくらい。
そんな最新の食を意識が高い先進的と言ってしまえばそれまでですが、とにかく過剰。例えば、最近オープンしたコーヒー店では75ドルのコーヒーが話題。
$75 a Cuppa: Tasting the World’s Most Expensive Coffee in San Francisco
コーヒー1杯に8200円ですよ?払うのは勝手ですが果たしてどれくらいの人がその味を理解し価値がわかるのか甚だ謎。

サンフランシスコのレストランは高い賃料と年々高くなる人件費で味と価格のバランスが良くありません。そして最も高いのは客単価ではありません。意識です。
そんなレストランで満たすのは本当に胃袋なの?
予約の取りにくいレストランに簡単にアクセスできるコネと頻繁に通う財力を持ち、最新の食へのアンテナも鋭く、日々の食事もオーガニックでサスティナブルにこだわる自分への承認欲求は満たされるけど「それ本当においしいと思って食べてる?」と感じることは生活していて多々あります。繰り返しますが、

「それ本当においしいと思って食べてる?」

画像メインの便利なSNSにあげるために写真を撮りまくっていた。自分は選ばれた人間なのだと、世間に証明する最後のチャンスだ。

「単純にとてもおいしい食べ物」に無理矢理付加価値をつけさせ投資、素朴なものはキラキラしたものに変貌し、本当においしいと思っているかどうかよくわからない人たちの「飯のタネ」になっていく。
筆者がどういう意図を持って書いたのかわたしには知る由もないですが、この本は「サンフランシスコの意識高い食」を痛烈に批判しているように感じました。

ここまでアレコレと書いて無責任かもしれませんが本なんて自分の好きに読めばよいわけでこの本が良い悪い面白い面白くないという感想を書く気は全くありません。
結末がイマイチイマイチ好きじゃない、ってのは書き添えといてもいいかな。

Tech関連の人にはちょっと読んでみて欲しいかもしれない。

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余談ですがわたしはサワードウ使ったパンがかなり苦手。
わたしの日本生まれ日本育ちの舌(味覚)が「通常酸っぱくないものが酸っぱい時は腐ってる」という情報を脳に送りがちになりおいしさが……よくわからないで終わる……。

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*記事内の引用部分はすべて 東京創元社刊ロビン・スローン/島村浩子訳「ロイスと歌うパン種」Kindle版より抜粋させていただきました。
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488010881

ロビン・スローン/島村浩子訳「ロイスと歌うパン種」」への2件のフィードバック

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